ミュージアム研究|昔の町を「今の学び」に変える―浦安市郷土博物館
更新日:10月10日

今回は、千葉県浦安市にある「浦安市郷土博物館」を訪問しました。
浦安と聞くと、現在では東京ディズニーリゾートや湾岸の住宅都市というイメージを持つ人が多いと思います。
しかし、浦安はもともと東京湾に面した漁師町でした。
現在の浦安がどのようにつくられてきたのか。
浦安市郷土博物館では、漁業で栄えた時代から、海面埋立て、鉄道や道路の整備、住宅都市としての発展まで、浦安の大きな変化を知ることができます。
さらに興味深かったのは、単に昔の資料を保存・展示するだけではなく、昔の町並みを実物大で再現し、市民ボランティアや学校教育と組み合わせながら、地域の歴史を現在の「学び」に変えていることでした。
今回は、浦安市郷土博物館の展示と、実際に現地を訪れて感じた特徴をご紹介します。
1.浦安市郷土博物館とは
浦安市郷土博物館は、2001年4月に開館した市立の郷土博物館です。

その前身となる郷土資料館は1980年に開館していましたが、収蔵・展示・学習スペースなどが不足していたことから、現在の郷土博物館が整備されました。
入館料は無料です。
博物館では、
「市民参加をモットーとした、すべてに開かれた博物館」
「体験を重視した、生きている博物館」
「いつ来ても新しい発見のある、リピーターの呼べる博物館」
「博物館も学校とする、学校教育に生かせる博物館」
という考え方を基本コンセプトに掲げています。
実際に訪れてみると、この考え方が展示だけではなく、ボランティア活動や学校教育、地域での活動など、博物館の運営全体にかなり反映されていることが分かりました。
2.漁師町から海浜都市へ―浦安の大きな変化
常設展示「海とともに」は、
「浦安の原風景」
「漁師町浦安」
「新しいまち浦安」
「浦安の自然」
というテーマで構成されています。
館内には、漁業に使われた道具、貝類や魚介類の加工、海苔養殖、農業などに関する資料が数多く展示されていました。
さらに「東京湾の魚」という水槽があり、実際に魚が泳いでいます。

昔の漁具を見るだけではなく、
「なぜ浦安で漁業が発達したのか」
というところまで、東京湾や干潟の自然環境と一緒に理解できるようになっています。
今回、個人的に最も興味深かったのが、浦安が漁業の町から現在の都市へ転換していった歴史でした。
浦安では昭和30年代になると、工場排水や生活排水による海域汚染が深刻化します。
特に1958年、本州製紙江戸川工場からの排水をめぐって漁民と警官隊が衝突した「本州製紙工場事件」は、浦安の漁業にとって大きな転機となりました。
その後、浦安では1962年に漁業権の一部を放棄し、1971年には全面放棄します。
そして海面埋立事業が進められ、
住宅地の造成
大規模遊園地の誘致
鉄鋼流通基地の形成
などが進められていきました。
1969年には地下鉄東西線が開通し、住宅開発も進展。
1983年には東京ディズニーランドが開園し、1988年にはJR京葉線も開通しました。
現在の浦安は、こうした数十年間の大きな都市転換によってつくられてきたことが分かります。
私はこれまで、
「浦安は漁業権を放棄し、埋立地に東京ディズニーランドを誘致した」
という程度の認識でした。
しかし実際には、その前に海洋汚染による漁業の疲弊という大きな問題がありました。
そのため、現在の浦安を理解するには、
漁師町
↓
漁場の環境悪化
↓
漁業権放棄
↓
埋立て
↓
住宅・交通インフラ整備
↓
海浜都市
という流れから見る必要があります。
これも今回の訪問で得た大きな発見でした。
3.町そのものを展示する「浦安のまち」
浦安市郷土博物館最大の特徴と感じたのが、屋外展示場「浦安のまち」です。

ここでは、浦安が漁師町として活気のあった昭和27年(1952年)頃の町並みが再現されています。
実際に歩いてみると、単に古い家を並べた展示とはかなり違います。
旧本澤家住宅、旧太田家住宅、旧吉田家住宅、長屋などの建物に加え、船宿、豆腐屋、天ぷら屋など、昔の浦安の生活を感じられる空間がつくられています。
建物の外から見るだけではなく、中に入ることもできます。
畳、土間、かまど、ちゃぶ台、戸棚、商店の店先などが再現されていて、
家に入る
店を見る
水路を見る
船を見る
と、自分自身が昔の町の中を歩いているような感覚になります。
特に印象的だったのは、水路の横に船があり、その周囲に住宅や商店が並んでいる風景です。
浦安で「水」と「暮らし」がどれほど近かったのかが、展示パネルを読むよりも直感的に理解できます。
無料で古民家を見ることのできる郷土施設は他にもありますが、浦安の場合は建物一棟を保存するだけではありません。
複数の建物、船、水路などを組み合わせて、
「昔の浦安という町そのもの」
を再現しているところが特徴です。
4.船を残すだけでなく「技術」を残す
館内の船の展示も見応えがあります。

浦安の海で使われていた木造船、櫓や櫂、エンジン、船大工が使った道具などが展示されています。
実際の船体を見ると、写真や模型だけでは分からない大きさや構造を感じることができます。
週末などには、浦安で海苔採りなどに使われていた小型木造船「べか舟」の乗船体験や、昔の船のエンジンを実際に動かす実演なども行われています。
こうした活動を支えているのが、博物館ボランティアの「もやいの会」です。
べか舟の操船、昔遊び、エンジンの実演、展示解説、学校の体験学習など、さまざまな活動を行っています。
つまり、この博物館では、
船を保存する
だけではなく、
船を扱う技術や、その記憶を伝える人まで残そうとしている
ことが分かります。
文化財を残すというと「モノの保存」を考えがちですが、
「使い方」
「技術」
「経験」
「人」
まで含めて継承することが重要なのだと感じました。
5.学校と博物館をつなぐ「ふるさと浦安作品展」
今回の訪問時には、企画展示室で「ふるさと浦安作品展」が開催されていました。

市内の小・中学生が、浦安をテーマに調査した成果を発表する展覧会です。
実際の作品を見ると、一般的な夏休みの自由研究というイメージより、かなり内容が充実していました。
例えば、
「なぜ東京ディズニーランドは浦安市に建設されたのか」
「どうして浦安は液状化したのか」
「浦安のまちづくりと街路樹」
「ディズニーランドができる前は何だったのか」
「浦安今昔マップ」
「三番瀬」
など、子どもたちが身近な街を自分自身のテーマとして調査しています。
なかには、べか舟をTinkercadで3D設計し、3Dプリンターで模型化した小学生の研究までありました。
これはかなり興味深い事例です。
昔の木造船を、
歴史資料として見る
だけではなく、
構造を調べる
↓
3D CADで設計する
↓
3Dプリンターで再現する
というところまで発展しています。
地域文化とデジタル技術を組み合わせた、いわば地域版STEAM教育とも言えそうです。
また、実際に家族連れが子どもの作品を見に来ている姿もありました。
子どもが地域について調べ、その成果を博物館で展示することで、
子どもの学びが家族へ広がり、
さらに家族が地域を知る機会にもなっています。
博物館
↓
学校
↓
子どもの地域研究
↓
博物館で成果発表
↓
家族や地域へ共有
という循環ができている点は、地域の郷土博物館の運営として非常に興味深いところです。
6.子どもが「伝える側」になるジュニア学芸員
浦安市郷土博物館では「ジュニア学芸員」という取り組みも行われています。
対象は、市内の小学4年生から中学3年生。
講習を修了するとジュニア学芸員として認定され、博物館で子どもボランティアとして活動することができます。
浦安の自然、歴史、民俗などを学ぶだけではなく、展示解説やイベントなど、
「人に伝える」
ところまで経験する仕組みです。
通常の博物館教育では、
子ども=教えてもらう側
になりやすいですが、
ジュニア学芸員では、
子ども=地域文化を伝える側
へと役割が変わります。
これは、学校との連携からさらに一歩進んだ取り組みだと感じました。
7.博物館から「街」へ広がる学び
浦安市郷土博物館の活動は、館内だけでは完結していません。
今回訪問した際には、
野鳥観察会
文化財住宅めぐり
などの案内も掲示されていました。
野鳥観察会では、境川河口や三番瀬など、実際の浦安の自然を観察します。
文化財住宅めぐりでは、市内の文化財住宅を巡りながら、浦安の建築や町の変化を学ぶ企画が行われています。
つまり、
博物館の中で地域を知る
↓
実際の街や自然へ出る
↓
もう一度地域を見る
という構造です。
郷土博物館が、建物の中に資料を保存する施設ではなく、
「地域そのものを学ぶための入口」
になっているとも言えます。
8.文化施設が集まるエリア
現地を訪れて、もう一つ印象的だったのが周辺環境です。
浦安市郷土博物館の隣には浦安市立中央図書館があり、近くには浦安市文化会館、市役所などがあります。
実際に隣の図書館には平日でも多くの利用者がいました。
博物館単体で見るだけではなく、
博物館
図書館
文化会館
市役所
と、文化・学習・行政機能が近接している地域として見ることもできます。
また、博物館には併設する「カフェレストラン すてんぱれ」があります。
今回は浦安らしく「あさり丼」をいただきました。

博物館で浦安の漁業や貝類の歴史を学んだあとに、同じ施設で地域の食文化を体験できるのも良い組み合わせです。
展示を見る
↓
地域の歴史を知る
↓
地域の食を食べる
という流れも、文化施設の体験設計として面白いと感じました。
9.東京藝術大学と取り組む「浦安藝大」
今回、博物館の周辺を歩いている際に、浦安市役所のデジタルサイネージで「浦安藝大」の案内も見つけました。

浦安藝大は、浦安市と東京藝術大学が2022年から取り組んでいるアートプロジェクトです。
アーティスト、市民、行政などが一緒になって、
アートを通して地域や社会の課題を考える
ことを目的としています。
浦安市郷土博物館とは別の事業ですが、今回の訪問を通じて見ると、少し共通する部分があるように感じます。
郷土博物館では、
過去から現在の浦安を考える。
浦安藝大では、
現在から未来の浦安を考える。
どちらも、文化を単に「見るもの」として扱うのではなく、
地域を知る
地域について考える
地域に関わる
ための手段として活用しているとも考えられます。
10.現地を訪れて
平日の訪問だったこともあり、館内が混雑しているというほどではありませんでした。
それでも来館者はパラパラと訪れており、外国人の姿も数名見かけました。
午前中には学校関係の子どもたちも来館していたようです。
無料の郷土博物館として考えると、展示内容はかなり充実しています。
実物の船
昔の建物
漁具
船のエンジン
東京湾の魚が泳ぐ水槽
昔の町並み
子どもたちの地域研究
などを見ることができ、浦安という街がどのようにつくられてきたのかを一通り理解することができます。
今回訪れる前には、
「昔、浦安は漁師町だったから、その歴史を保存している博物館」
くらいに考えていました。
しかし実際に見ていくと、それだけではありませんでした。
浦安は短期間に、
漁師町から大規模な住宅・リゾート都市へ
大きく姿を変えた街です。
だからこそ、昔の風景や暮らしは、意識して保存しなければ急速に失われてしまいます。
浦安市郷土博物館では、それを資料として残すだけではなく、
昔の町を再現し、
市民が伝え、
子どもが学び、
子ども自身が地域を調査し、
さらに街や自然へ学びを広げています。
私はここに、この博物館の一番の特徴があるように感じました。
まとめ―「保存」から「地域の学び」へ
郷土博物館というと、昔の道具や写真を保存・展示する施設というイメージがあります。
もちろん、それ自体も重要な役割です。
しかし浦安市郷土博物館では、もう一歩先へ進み、
地域の歴史を保存する
↓
体験できる形にする
↓
市民が伝える
↓
学校教育で使う
↓
子どもが自ら地域を研究する
↓
街や自然へ学びを広げる
という循環がつくられていました。
特に印象に残ったのは、昔のべか舟の実物を保存する一方で、小学生が3Dプリンターを使ってべか舟を再現していたことです。
昔の技術を保存しながら、現代の技術を使って次の世代が学び直す。
これは、郷土博物館がこれからどのように地域と関わっていくかを考えるうえでも、興味深い事例だと思います。
浦安市郷土博物館が保存しているものは、古い船や住宅だけではありません。
漁師町から現在の海浜都市へと変わってきた「浦安という街の記憶」そのものを、次の世代の学びへとつないでいる。
今回の訪問を通じて、そんな郷土博物館の一つのあり方を見ることができました。
ArtTech Consultingの取り組み
ArtTech Consultingでは、美術館・博物館におけるDXやデジタル技術の活用、体験設計、地域文化施設の新しい運営について、国内の事例を現地調査しています。
今回の浦安市郷土博物館のように、展示だけではなく、学校教育、市民参加、地域資源、デジタル技術などを組み合わせながら、文化施設の価値を地域へ広げる取り組みに注目しています。
参考資料
浦安市「郷土博物館について」
浦安市「屋外展示場『浦安のまち』」
浦安市「博物館ボランティア・もやいの会」
浦安市「浦安の歴史―漁業のまちからの転換」
浦安市「浦安の歴史―漁業権放棄と埋立事業」
浦安市「ふるさと浦安作品展」
浦安市教育委員会「郷土博物館を活用した学校教育」



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