ミュージアム研究|府中市郷土の森博物館の魅力と「普段使いの文化施設」
更新日:10月6日
東京には、国立・都立の大規模な博物館や美術館から、地域に根ざした文化施設まで、さまざまなミュージアムがあります。今回は、東京都府中市にある「府中市郷土の森博物館」を訪れました。実際に訪れてみて印象に残ったのは、歴史資料を展示する博物館としての機能だけではありません。
曼珠沙華を見に来る人、写生をする人、家族で昼食をとる人、ソフトクリームを食べながら休憩する人、小学生の団体、プラネタリウムを見る人など、それぞれが思い思いに時間を過ごしていました。そこには、「博物館へ勉強しに行く」という目的がなくても訪れることのできる、普段使いの文化施設としての姿がありました。
1.府中市郷土の森博物館の概要

府中市郷土の森博物館は、1968年に設立された府中市立郷土館を前身として、1987年に現在地で開館した総合博物館です。最大の特徴は、博物館本館だけでなく、約14ヘクタールという広大な敷地全体が博物館として構成されていることです。
園内は「府中の縮図」として設計され、府中崖線(ハケ)を意識した地形の中に、旧府中町役場、旧府中尋常高等小学校、商家、農家などの歴史的建築物が移築・復元されています。そのほか、梅園や田畑、雑木林、水遊びの池、プラネタリウムなどがあり、歴史を学ぶ場所であると同時に、自然の中で過ごせる場所にもなっています。入場料は大人300円です。
ここで重要なのが、「フィールドミュージアム」という考え方です。フィールドミュージアムとは、建物の中に資料を展示するだけではなく、地域の自然、地形、建築、生活文化などを含めて、フィールドそのものを学びの対象として捉える考え方です。府中市郷土の森博物館では、常設展示で府中の歴史や地形を学び、その後、実際に園内を歩いて農家や商家、学校、役場などを見ることができます。「展示を見る」だけではなく、「地域を歩きながら理解する」。実際に園内を歩いてみると、このフィールドミュージアムという考え方がよく分かります。
2.博物館以外の楽しみ方
今回、一番特徴的に感じたのは、「普段使い」ができる博物館だったことです。訪問した9月には、園内に多数の曼珠沙華が咲いていました。

花を見るために訪れている人だけでなく、カメラで撮影する人、椅子を持参して写生する人なども見かけました。博物館に来ているというより、季節の自然を楽しむ公園を訪れているようにも見えます。
園内では、ランチをとっている人や、ソフトクリームやアイスを食べながら休憩している人もいました。この日はキッチンカーもあり、さらに猿芸も行われており、足を止めて無料で鑑賞する人たちの姿もありました。
つまり、「今日は博物館へ行こう」と構えなくても、「天気がいいから少し歩こう」「花を見よう」「写真を撮ろう」「子供を連れて出かけよう」「少し休憩しよう」という理由でも訪れることのできる場所になっています。
以前訪問し、レポート(※)でも取り上げた八戸市の「はっち」にも、少し似たものを感じました。(※)現場レポート-文化施設による地域活性化戦略(八戸市)
施設側が来館者の過ごし方を一つに限定せず、それぞれが自分なりの使い方を選択できる余白があります。
さらにプラネタリウムもあります。今回鑑賞した「星の旅-世界編-」では、プラネタリウムを通して世界各地の星空を巡ることができました。特に印象的だったのは、その映像表現です。星空を説明するだけではなく、映像、音楽、空間演出を組み合わせた没入感のある体験であり、科学教育であると同時に、一つのアート表現としても楽しむことができました。大人600円という価格も利用しやすい設定です。
博物館とは別の目的で来館する入口としても、有効なコンテンツだと感じました。
3.歴史の学びもしっかりできる場
一方で、「公園のような施設」というだけではありません。府中の歴史について、しっかりと学ぶことができます。
園内には、旧府中町役場、旧府中尋常高等小学校、商家、薬屋、農家などの歴史的建築物が移築・復元されています。

それらを実際に歩きながら見ることで、農村生活、甲州街道の宿場町としての府中、そして学校や役場などの近代的な公共施設が整備されていく過程を体感できます。
本館の常設展示も充実しています。

現在の常設展示室は2014年にリニューアルされ、「くらやみ祭」「ムラのはじまり」「古代国府の誕生」「国府から府中へ」「宿場のにぎわい」など、府中の歴史を時系列で学べる構成になっています。ジオラマや実物資料、映像なども充実しており、文字を読むだけではなく、視覚的にも理解しやすい展示になっています。
今回、学芸員による常設展の展示解説にも参加しました。参加者は3名と少人数でしたが、学芸員の説明を聞きながら展示を見ることで、展示を見るだけでは分からない背景まで理解することができました。特に印象的だったのが、大國魂神社の「くらやみ祭」です。大型の万灯や映像資料などを使い、祭りの歴史や地域との関係が分かりやすく紹介されていました。
また、府中の河岸段丘や湧水、旧石器時代の資料、武蔵国府、宿場町など、現在の府中がどのように形成されてきたのかを、地形・歴史・文化の双方から理解できます。館内では小学生の団体も見かけました。地域について学ぶという、郷土博物館本来の教育機能もしっかりと維持されています。
4.年間約31万人が利用する博物館
今回の印象を客観的な数字から見ても、この施設の特徴が分かります。2024年度の年間入場者数は約31万人。これは、江戸東京たてもの園の約23万人、川崎市立日本民家園の約12万人などと比較しても多い数字です。「出典:各館2024年度公表資料」

大規模な企画展だけに依存せず、季節の花、歴史建築、プラネタリウム、イベント、学校教育など、多様な来館目的をつくっていることが、この施設の強さの一つではないでしょうか。今回実際に訪れてみても、歴史展示を見る人だけでなく、曼珠沙華を楽しむ人、写生をする人、園内で休憩する人、小学生の団体など、さまざまな利用者を見ることができました。
5.「普段使い」を意識した博物館
府中市郷土の森博物館は、駅前にある施設ではありません。分倍河原駅、府中本町駅などから徒歩では約20分ほどかかります。また、一般の入場料は大人300円です。一方で、府中市民には入場料の優待制度があり、70歳以上の市民は無料で利用できる仕組みも設けられています。こうした料金設計も、地域住民が日常的に訪れやすい環境づくりの一つと考えられます。
実際に訪れてみると、平日にもかかわらず、さまざまな年代の人が、それぞれの目的で施設を利用していました。その理由の一つは、「展示を見る」以外の来館理由を数多く用意していることにあるのではないでしょうか。
季節の花、散歩、写生、写真撮影、プラネタリウム、食事、子供向け体験、イベントなど、入口が非常に多いのです。花を見るために訪れた人が歴史的建築を目にする。プラネタリウムを目的に来た家族が常設展示を見る。散歩をしていた人が、府中の歴史に触れる。そうした偶然の接点を作ることも、地域の博物館にとって重要なのではないでしょうか。
現在、多くの地域博物館や美術館が、来館者をどう増やすか、市民との接点をどう作るかという課題を抱えています。その際に「魅力的な企画展を開催する」という方法だけを考えると、予算、人員、展示資料などの制約も大きくなります。
府中市郷土の森博物館を訪れて感じたのは、それとは少し異なるアプローチです。「博物館を見に来てもらう」のではなく、まず「場所を使ってもらう」。花を見てもいい。散歩してもいい。写真を撮ってもいい。プラネタリウムを見てもいい。家族で食事をしてもいい。その中に、府中の歴史、自然、文化が配置されています。
つまり、「展示を見せる施設」から、「文化のある場所で過ごしてもらう施設」へ。フィールドミュージアムという考え方は、単に屋外に歴史的建築物を配置することではなく、人が地域の文化や自然の中で時間を過ごし、その過程で地域を知っていく仕組みとも考えられます。
今回のフィールドワークを通じて、地域の博物館にとって重要なのは、展示内容だけではなく、市民が日常の中で繰り返し訪れたくなる理由をどれだけ作れるかということだと感じました。「普段使いできるミュージアム」。展示だけでは来館者を増やすことに苦労している博物館や文化施設にとっても、府中市郷土の森博物館の取り組みには参考になる部分が多いのではないでしょうか。
6.ArtTech Consultingのミュージアム研究
ArtTech Consultingでは、全国の美術館・博物館・文化施設を実際に訪問し、展示だけでなく、施設運営、来館者体験、地域との関係、IT・デジタル活用などの視点から「ミュージアム研究」を行っています。今回のような事例からも、文化施設の新しいあり方や、地域との接点づくりについて考察しています。
文化施設のDX、来館者体験の改善、地域連携、新規企画などについて、ご相談がございましたらお気軽にお問い合わせください。



コメント