現場レポート|文化施設による地域活性化戦略(八戸市)
更新日:9月7日

今回は、文化政策を都市政策の一つとして位置づけ、中心市街地の活性化に取り組んできた青森県八戸市を現地視察してきました。
八戸というと、八戸港や水産業、工業都市というイメージが強いかもしれません。しかし、本八戸の中心街を歩いてみると、徒歩圏内に「八戸ポータルミュージアム はっち」「八戸ブックセンター」「マチニワ」「八戸市美術館」という、東京都内でもあまり見かけないタイプの公共文化施設が集積しています。
なぜ八戸市は、これだけ文化施設を中心街につくったのでしょうか。
実際に4施設を歩いてみると、単純な「文化振興」ではなく、文化を使って街そのものを再設計しようとしてきた八戸市の都市戦略が見えてきました。
1.中心市街地の衰退から始まった「文化によるまちづくり」
八戸市は、港湾、水産、製造業、物流などを背景に発展してきた北東北有数の産業都市です。
一方、全国の地方都市と同様、モータリゼーションによる商業施設の郊外化、人口減少、少子高齢化、大型商業施設の閉店などによって、本八戸を中心とする中心市街地の商業機能は徐々に弱くなっていきました。現在の市の計画でも、大型商業施設の閉店や低未利用地・建物の増加が課題として挙げられています。
ここで八戸市が特徴的だったのは、文化を単なる教育・芸術行政として扱わず、まちづくり政策へ組み込んだことです。
小林眞市長の就任後、2008年には文化政策担当部門を教育委員会から市長部局へ移管。2009年には「アートのまちづくり」「はっちを核とした街の演出」が政策として掲げられ、2010年には文化政策とまちづくりを一体的に担当する組織が設置されました。
つまり、
文化施設をつくるのではなく、
文化を使って中心街に人が来る理由をつくる
という発想への転換です。
その象徴として2011年に誕生したのが、八戸ポータルミュージアム「はっち」でした。
2.都市計画から生まれた「八戸ポータルミュージアム はっち」

はっちは、一般的な博物館とはかなり違います。
八戸の歴史・祭り・水産・工芸などを紹介する展示施設でありながら、市民活動、イベント、ものづくり、飲食、子育てなど、さまざまな機能が一つの建物に入っています。
2011年の開館時から掲げられているミッションも、「新たな交流と創造の拠点」として賑わいを生み、観光・地域文化を振興し、中心市街地と八戸市全体を活性化することです。
つまり「展示を見る場所」というより、
街の中に人が滞在する理由をつくる公共空間
として設計されています。
今回展示を見ていても、三社大祭、えんぶり、漁業、イカ、南部地方の工芸など、八戸を構成してきた文化や産業が現代的なデザインで再編集されていました。
八戸の歴史を保存するだけではなく、市民自身に「八戸とはどんな街なのか」を再認識させる施設でもあるように感じます。
3.ブックセンター、マチニワ、美術館へと広がる文化拠点
はっちだけで終わらなかったところが、八戸市の面白いところです。

2016年には「本のまち八戸」の拠点として八戸ブックセンターが開館しました。
約95坪と決して大きな書店ではありませんが、海外文学、人文・社会科学、自然科学、芸術など、地方の一般書店では採算面から扱いにくい分野を意識的に選書しています。市営施設でありながら本の販売機能を持つ、全国的にも珍しい公共施設です。
目的も本を販売することだけではありません。
本を読む人、書く人、本で街を盛り上げる人を増やす。
つまり、ここでも「文化消費」より「文化を生み出す人づくり」が重視されています。

2018年には、はっちの向かい側に八戸まちなか広場「マチニワ」が開設されました。
光・緑・水などを取り込んだ半屋内型の公共空間で、市民活動やイベント、待ち合わせ、休憩などに利用できます。
何かを買わなくても滞在できる。
これは中心市街地を考えるうえで、意外に重要です。

八戸市美術館は1986年に開館しましたが、2021年に新美術館として移転・新築され、施設のコンセプトも大きく刷新されました。
テーマは、
「種を蒔き、人を育み、100年後の八戸を創造する美術館―出会いと学びのアートファーム―」
です。
展覧会を見るだけでなく、ワークショップや制作、学び、市民との共同プロジェクトを重視しています。
特に特徴的な建物の作りとしては、ジャイアントルームという大きな吹き抜けの広場を設け、企画ごとに区分けして使える仕掛けを設けています。一部で展示会やワークショップとして活用しながら、一部ではトークショーなどが共有できるスペースとなっており、教える人と学ぶ人が同じ場を共有できる場所となっています。また、食事もできるため、食事をしながらのイベント、企画も催されています。
さらに美術館活動へ主体的に関わる市民を「アートファーマー」と呼び、アーティストとの制作活動やイベント、建築ツアーなどにも参加しています。
4.4施設を実際に回って感じたこと
今回4施設を実際に利用してみて、一番印象に残ったのは、「公共施設なのに、使い方を決めすぎていない」ことでした。
はっち――市民の「大きなリビング」
今回最も市民に使われていると感じたのが、はっちです。
中高生が勉強している。
小さな子どもが遊んでいる。
家族連れが休憩している。
おじいちゃん、おばあちゃんがおしゃべりしている。
畳スペースではフラダンスの練習をしていました。
キッチンスペースでは料理教室が行われ、劇やイベントなども無料または低価格で利用できます。
しかも八戸市民限定ではありません。
感覚としては、「無料で使える図書館スペース兼、待ち合わせ場所兼、市民のリビング」に近いと思いました。
館内には飲食店もあり、私はイタリアンのお店で惣菜とワインを買い、ベランダで一杯。別の利用者はビールを飲んでいました。
(ベランダからの風景)

50円の子ども向けお楽しみくじまであります。

「公共文化施設」という堅い言葉からは想像しにくい、かなり自由な場所です。
また八戸三社大祭の時期には、中心街を訪れる観光客にとって観光案内、休憩、トイレ、コインロッカー、飲食、お土産購入などの拠点として大きな機能を発揮するでしょう。
八戸ブックセンター――「売れ筋を売らない書店」
入った瞬間の印象は、少し蔦屋書店に似ています。
照明を少し落とした落ち着いた空間に、一般的な書店ではそれほど大きく扱わない自然、人文、芸術、海外文学などの本が並んでいます。
ただし、「難しい専門書を置いて文化的に見せる」という感じではありません。
専門分野への入口になるような、思わず手に取りたくなる本を編集して並べている印象でした。
また、じっくり本が読めるように、椅子や個室、ハンモックが設置されています。また、コーヒーや青森産リンゴジュースも購入して飲みながら鑑賞することが可能です。
当日は、スタッフの方に非常に親切に案内していただきました。
面白かったのが読書会です。
八戸には15ほどの読書会団体があるとのことで、館内にも読書会ルームがあります。
さらに文章や作品を書くための「カンヅメブース」があり、登録者は約300人とのこと。登録時には「何を作ろうとしているのか」まで確認するそうです。
本を売るだけではなく、
読む → 話す → 書く
までつなげようとしているわけです。
一方、土曜日の開店直後に訪れた際には他のお客さんがおらず、夕方に再度前を通った際も人影は多くありませんでした。
民間書店としてPLだけを見れば、かなり厳しそうに見えます。
しかし、むしろここに八戸の文化政策の特徴があります。
「売れる本だけを置くと地域から消えてしまう知的領域を、公共サービスとして残す」
という考え方です。
もちろん公共施設だから利用者数を気にしなくてよいわけではありません。
ただし売上だけでなく、
読書会がどれだけ生まれたか、本を書く人が増えたか、市民の知的活動が広がったか、
といった別のKPIで評価する施設なのだと思います。
マチニワ――「お金のいらないスタバ」
マチニワを一言で表現すると、
お金のいらないスタバのオープンスペース
という感じでした。
さらに正確には、公園のベンチを中心街の屋内に持ってきた場所でしょうか。
買い物をする必要も、施設に入場する必要もありません。
中心街で飲食店の予約時間より早く着いた時、待ち合わせをする時、少し疲れた時などに非常に使いやすい。
八戸の場合、夏の暑さだけでなく冬の寒さや雪もあります。
その意味でも「屋根のある都市広場」は合理的です。
私が訪問した際には交通安全関係のイベントと演奏会が開催されていました。

何もない時は休憩場所、イベントがある日はステージ。
用途を固定しないこと自体が、この施設の機能なのだと思います。
八戸市美術館――作品を見る場所から、アートをつくる場所へ
八戸市美術館は、建築として非常に興味深い施設でした。
外観だけを見ると、いわゆる象徴的な美術館建築というより、少し工場建築のような合理的な形です。
しかし内部を見ると、美術作品の展示、温湿度管理、音の反響、作品制作、ワークショップなどをかなり意識して設計されています。
少なくとも現地で感じたのは、建物そのものをランドマーク化することより、美術館内部で何ができるかへ投資しているということでした。
(現地視察した当日は、アーティストの日比野克彦さんが来られており、ジャイアントルームで急遽、ワインを飲みながらのトークショーも開催)

特に特徴的なのが「アートファーム」という考え方です。
農場で作物を育てるように、
アートを通して人を育て、地域を耕す。
ワークショップスペースやアトリエが用意され、作品を見るだけでなく、実際に作り、学ぶことができます。
さらにアートファーマーと呼ばれる市民ボランティアが、建築ツアー、広報、イベント、展覧会制作などに参加しています。
日比野克彦さんの企画展でも作品展示にアートファーマーが関わったとのことで、市民が単なる「観客」ではなく、美術館の運営や制作プロセス側へ入る仕組みがつくられています。
また、学芸員を含むスタッフが比較的多いことも印象的でした。
美術館前の広場にもイベント用の電源設備があり、館内だけで完結しない設計になっています。
(現地視察した当日は、八戸市に住む外国の有名ジャズアーティストによる演奏会が実施)

市民交流型の美術館として全国から行政・文化関係者の視察が多いという話にも納得できます。
5.まとめ――八戸市の「文化施設のドミナント戦略」
4施設を回って、私が最も面白いと感じたのは、一つ一つの施設の豪華さではありません。
はっち
↓
マチニワ
↓
八戸ブックセンター
↓
八戸市美術館
これだけ性格の異なる公共文化施設が、すべて徒歩圏に集積していることです。
企業戦略で言えば、コンビニやドラッグストアなどが一定地域に集中出店する「ドミナント戦略」に近いと思います。
単独で巨大施設を一つ造るのではなく、
休む場所+本を読む場所+表現する場所+アートをつくる場所
を中心街に集める。
それによって施設間を人が回遊し、中心街そのものを文化空間に変えていく。
ここが八戸の文化政策の面白さです。
そして、その土台として忘れてはいけないのが、約300年続く八戸三社大祭です。
(ユネスコ無形文化遺産に登録されている「八戸三社大祭の山車行事」)

八戸では江戸時代から、町内の人々が祭りに参加し、山車をつくり、芸能を継承し、街全体で文化をつくってきました。
つまり八戸市民にとって、
「文化を自分たちでつくり、参加することが、昔から生活の一部として組み込まれてきた」
という感覚が、もともと存在していたのではないでしょうか。
はっちや八戸市美術館は、ゼロから市民参加型の文化をつくったのではなく、三社大祭などを通じて約300年間蓄積されてきた八戸の文化的DNAを改めて可視化し、「現代の八戸で文化をどうつくるか」という問いへ再定義することで、市民の新たな行動を促してきたのではないかと考えます。
地方創生というと、著名建築家による美術館や大型観光施設をつくり、「人を呼ぶ」ことに目が向きがちです。
八戸が面白いのは、
観光客を呼ぶ前に、市民自身が街を使い、文化活動を行い、自分たちの街にアイデンティティを感じる仕組みをつくっていること。
その結果として、観光や中心市街地の回遊にもつながっていく。
今回の現地視察を通じて、八戸市の先進性は「珍しい文化施設を4つ造ったこと」ではなく、
異なる役割を持つ文化施設を中心街に集積させ、市民が参加・利用し続けられる動線と運用の仕組みまで構築したこと
にあると感じました。
文化施設による地域活性化を考えるうえで、八戸市は日本でも非常に参考になる事例だと思います。
ArtTech Consultingでは、文化施設・アートを活用した地域活性化や新規事業について、調査・企画支援を行っています。



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