ミュージアム研究|「美術館という公共」について考える―東京都美術館100周年記念講演会に参加して

東京都美術館で開催された、100周年記念事業の講演会「美術館という公共について」に参加しました。
登壇者は、文化人類学者の松村圭一郎氏、東京藝術大学特任准教授の小牟田悠介氏、東京都美術館学芸員の熊谷香寿美氏です。
講演では、市民が自発的に活動を生み出す美術館の実践を手がかりに、「公共とは何か」「美術館は社会の中でどのような役割を担えるのか」が議論されました。
私自身、これまで公共とは、国や自治体が整備し、市民に提供するものだと考えていました。
しかし今回の講演を通じて、公共とは行政が完成した形で与えるものではなく、人と人、人と組織の関係の中から生まれるものではないかと、考え方が少し変わりました。
東京都美術館の変化
東京都美術館は1926年、実業家の佐藤慶太郎による寄付をもとに開館しました。
現在では代表的な公共施設の一つですが、その始まりは一人の民間人の意思でした。
講演では、大原美術館をはじめ、民間の個人や企業から始まった美術館の事例も紹介されました。
また、福祉の分野でも、孤児救済やハンセン病療養所など、現在では行政が担う活動が、当初は個人や民間団体の実践から始まった例があります。
公共は、最初から制度として存在するものではなく、社会の課題に気づいた誰かの行動から始まり、後に制度化されることもあるのです。
東京都美術館も、社会の変化に応じて役割を変えてきました。
1975年には前川國男設計の現在の建物が開館し、学芸員の配置、ワークショップ、美術情報室などの機能が整えられました。
さらに2012年の大規模改修では、建物だけでなく、美術館の活動そのものも見直されました。
そこで掲げられたミッションの一つが、
「すべての人に開かれたアートへの入口となること」
です。
この考えを実践するために始まったのが、アート・コミュニケーション事業と「とびらプロジェクト」です。
美術館は「テンプル」か「フォーラム」か
講演の中で印象的だったのが、「テンプル」と「フォーラム」という対比です。
テンプルとは、すでに評価の定まった作品や宝物を見に行く場所です。
一方、フォーラムとは、未知のものに出会い、そこから対話や議論が始まる場所です。
従来の美術館は、専門家が作品を選び、来館者がその価値を受け取るという、テンプル型の性格が強かったと思います。
しかし、フォーラム型の美術館では、作品を見ることが出発点になります。
作品を通して、自分とは異なる考え方を持つ人と出会い、対話する。
その結果、作品の見方だけでなく、他者や社会の見方も変わっていきます。
東京都美術館が目指しているのは、美術館を展示施設で終わらせず、人と人が関係をつくる場へ変えていくことなのだと思います。
市民が活動を生み出す「とびらプロジェクト」
とびらプロジェクトでは、「とびラー」と呼ばれるアート・コミュニケータを毎年約40人募集しています。
参加者の年齢は18歳から70歳代までと幅広く、任期は3年間です。
とびラーは、単なるボランティアではありません。
「きくこと」「鑑賞」「ウェルビーイング」などを学びながら、自分たちで活動を生み出していきます。
その代表的な仕組みが「とびラボ」です。
同じ関心を持つ人が3人集まれば活動を始めることができ、必要に応じて解散することも前提とされています。
継続や組織拡大を目的にするのではなく、関心が生まれたときに人が集まり、その場に必要な活動をつくるという柔軟な考え方です。
来館者の記念写真を手伝う活動、建築や美術館の魅力を発見するスタンプラリー、子ども向けの「Museum Start あいうえの」、高齢者や認知症のある人を対象とした「ずっとび」など、活動は幅広く展開されています。
公共は「何かと何かの間」に生まれる
今回、最も印象に残ったのは、
「公共は、何かと何かの間に生まれる」
という考え方です。
美術館が美術館の仕事だけを行い、大学が大学の仕事だけを行い、病院が病院の仕事だけを行っていては、それぞれの制度から抜け落ちてしまう人や課題があります。
そこで、美術館と大学、美術館と福祉、美術館と医療、美術館と市民がつながる必要が生まれます。
それぞれが自分の役割から少しだけ「はみ出す」ことで、それまで見えていなかった人や課題との接点が生まれます。
講演では、
「美術館が美術館だと思っていたら、公共にはなれない」
という趣旨の話がありました。
これは、美術館としての専門性を捨てるという意味ではありません。
専門性を持ちながら、その境界を少し越え、他者と関係をつくることが必要だという意味だと思います。
公共は、特定の組織の内部に固定的に存在するものではありません。
人と人、組織と組織が出会い、互いに影響し合う「間」に、その輪郭が現れてくるのではないでしょうか。
公共はマニュアル化できない
とびらプロジェクトの考え方は、札幌、八戸、長野、岐阜、愛媛などにも広がっています。
しかし、東京で行われている仕組みを、そのまま地方へ移植するわけではありません。
地域ごとに、文化施設の役割、人間関係、住民の関心、行政との距離は異なります。
そのため、完成した仕組みをフランチャイズ方式で展開するのではなく、その地域の人たちが自分たちの言葉と方法を考える必要があります。
講演では、「迷いながらやるのがよい」という趣旨の話もありました。
マニュアル化や効率化を進めすぎると、自発性や偶然の出会い、地域ごとの違いが失われる可能性があります。
公共には制度や継続性が必要ですが、同時に、制度から少しはみ出せる余白も必要です。
100年後の公共は「最新の長屋文化」
講演の最後に、
「100年後の公共はどのようなものか、自分なりの言葉で表現してください」
という問いがありました。
私は、「最新の長屋文化」という言葉を考えました。
昔の長屋では、それぞれの住居は私的な空間でありながら、井戸や路地を共有し、住民同士が緩やかにつながっていました。
困ったときには助け合い、子どもを見守り、情報を交換する。
行政が細かく制度化しなくても、生活の中に小さな公共が存在していました。
もちろん、昔の長屋には、プライバシーの不足や人間関係の窮屈さもありました。
そのため、過去に戻るという意味ではありません。
現代に求められているのは、個人の自由やプライバシーを尊重しながら、必要なときには人とつながることのできる、新しい長屋のような関係です。
美術館、大学、病院、企業、地域施設、オンラインコミュニティなどが、単独で完結するのではなく、緩やかにつながる。
必要なときに集まり、関心を共有し、活動が終われば離れていく。
常に同じ共同体に所属する必要はありませんが、完全に孤立することもない。
そのような現代的で柔軟なつながりを、私は「最新の長屋文化」と呼びたいと思います。
おわりに
今回の講演を通じて、美術館の公共性とは、誰にでも開館していることだけではないと感じました。
これまで美術館との接点を持てなかった人に目を向け、異なる組織や人々とつながり、対話や活動が生まれる余白をつくる。
その結果、美術館自身も、関わる人々も変わっていく。
その関係の中に、美術館の公共性が生まれるのだと思います。
社会の中で孤立や分断が進む今だからこそ、人々が緩やかにつながり、必要なときに支え合える仕組みが求められています。
100年後の公共に必要なのは、巨大な一つの制度ではなく、社会のさまざまな場所に存在する小さな「間」なのかもしれません。
その「間」が互いにつながっていく社会こそ、これから求められる「最新の長屋文化」なのだと思います。



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