現場レポート|すみだ五彩の芸術祭から考える、地域文化とアーティストの持続可能性
更新日:9月7日

今回は、東京都墨田区で2026年9月4日から開催されている「すみだ五彩の芸術祭」の関連イベント、「すみだ創造力の学校2026 オープニングクロストーク『地域を知る、創造力をひらく。』」に参加してきました。
以前、墨田区にある江戸東京博物館を訪れた際に開催予定を知りましたが、正直に言うと、「墨田区で新しい地域型芸術祭が始まるのか?」程度の認識でした。
近年、東京都内だけでも地域型の芸術祭やアートイベントは数多く開催されています。そのため「芸術祭」という名称だけでは、なかなか他との差が見えにくくなっています。
しかし、今回実際に現地へ行き、展示を見て、トークを聞いてみると、単なる芸術祭ではなく、墨田区で長年積み重ねられてきた地域文化活動の延長線上にある企画であることが分かりました。
同時に、アーティストが地域で活動を継続していくことの難しさという、かなり重たい課題も提示されていました。
そこで本記事では、
①地域の歴史や産業とアートをどのようにつなげているのか
②地域型芸術祭が抱える持続可能性の課題
③アートを企業研修や地域学習に活かし、アーティスト支援につなげる可能性
という3つの視点から整理してみたいと思います。
単なる芸術祭の紹介ではなく、地域文化・アーティスト・企業をどのようにつなげれば、継続的な仕組みに発展させられるのか。現地で見聞きした内容をもとに、ArtTechの視点から考えてみます。
1.すみだ五彩の芸術祭とは
「すみだ五彩の芸術祭」は、2026年9月4日から12月20日まで、墨田区を舞台として開催される芸術祭です。
公式コンセプトは「発気揚々」。芸術を起点に、地域や人の魅力、すみだに暮らす喜びを再発見していくことが掲げられています。
単に美術作品を展示するだけではなく、街、産業、歴史、人、ものづくり、身体、地域コミュニティなど、墨田区に存在するさまざまな要素を、アートを通じて捉え直す企画が行われています。
今回参加したイベントでも、作品そのものを見ること以上に、
「地域をどのように見るのか」
という点が重視されていました。
これは一般的な美術館型の展示とはかなり違います。
美術館では通常、
作品を見る
↓
作家や作品について知る
という流れになります。
今回の芸術祭では、
作品を見る
↓
何かを感じる
↓
「なぜ?」と問いを持つ
↓
地域の歴史や人、産業を知る
↓
自分自身の身近な社会について考える
という流れが意識されていました。
作品鑑賞をゴールにするのではなく、地域を知るための入口としてアートを活用している点が特徴的です。
2.「地域を知る、創造力をひらく。」
今回参加したのは、「すみだ創造力の学校2026」のオープニングクロストークです。
会場では「ひらく」という言葉を軸として、次の6つの視点が提示されていました。
歴史・記憶をひらく
場所・まちをひらく
ものづくりをひらく
人・関係へとひらく
感覚・身体へとひらく
参加・創造へとひらく
特に興味深かったのは、
「〜をひらく」は現在に存在するものを見直すこと、「〜へとひらく」は未来へ向けた可能性をつくること
という考え方です。
また、
「感じて、そして考える芸術祭」
という言葉も印象に残りました。
地域の課題を最初から説明するのではなく、まずアートを通じて感じてもらい、その後で「なぜ?」という問いを生み出す。
これは今回のキュレーション全体を理解する重要なポイントだったと思います。
3.なぜ「墨田区社会福祉会館」でアートなのか
今回、特に印象的だったのが会場の選び方でした。
会場となった墨田区社会福祉会館の周辺には、皮革や油脂産業の歴史があります。
会館内にも、
皮革産業に関する資料
地域産業に関する書籍
人権や差別の歴史に関する資料
地域アート活動のアーカイブ
現代アーティストによる作品
などが展示されていました。
ここで重要なのは、単に人権問題を説明する資料館として見せるのではなく、
皮革という身近な素材や産業に興味を持つ
↓
なぜこの地域で皮革産業が発展したのかを知る
↓
地域の歴史を調べる
↓
そこで差別や人権の問題に出会う
という学習導線がつくられていたことです。
私自身も、墨田区にこのような歴史があることを十分に知りませんでした。
「差別について学びましょう」と言われると、どうしても身構えてしまいます。
しかしアート、産業、ものづくりという入口から入ることで、自然に地域の歴史へたどり着く。
そして最後には、
「これは過去の話だけなのか」「現在、自分たちの身近な社会にはどのような差別があるのか」
という問いにまで広げることができます。
会場そのものが一つの教材になっており、非常によく設計されたキュレーションだと感じました。
4.突然始まった芸術祭ではなかった
もう一つ驚いたのが、墨田区における文化活動の蓄積です。
現在の芸術祭だけを見ると、新しく始まった地域型芸術祭の一つに見えます。
しかし実際には、墨田区では1985年から「すみだ3M運動」を開始し、ものづくりや職人を地域資源として捉える取り組みを続けてきました。
「3M運動」とは、Museum、Meister、Manufacturing Shopという考え方をもとに、町工場や職人の技術そのものを地域資源として発信していく取り組みです。
その後、1990年代後半になると、現代美術製作所などの活動が始まり、工場、長屋、商店街などを舞台とした現代アート活動へ広がっていきます。
さらに、
地域の人、アーティスト、工場、商店、行政、教育、福祉
といった異なる領域が少しずつ接続され、現在の芸術祭へつながっています。
つまり、
ものづくりの街としての産業振興・地域活性化
↓
現代アート活動
↓
地域コミュニティとの接続
↓
芸術祭
という長い流れがあるわけです。
今回、墨田区の活動を見て最も印象が変わったのはここでした。
芸術祭そのものより、その背景にある数十年単位の蓄積の方が、むしろ重要なのではないかと思います。
5.一方で見えてきた「アーティストの課題」
トークの後半では、かなり現実的な話が出てきました。
墨田区では、
工場や長屋が減る
↓
マンションが増える
↓
新しい住民が入る
↓
従来の地域コミュニティが薄くなる
という変化が起きています。
さらに、地域に住みながら活動してきたアーティストにとっても、家賃の上昇や制作スペースの減少は大きな課題です。これは墨田だけの話ではありません。
ニューヨークのSoHoやChelseaなどでも、アーティストが比較的家賃の安い地域に入り、文化活動を行うことで街の魅力が高まり、その結果、不動産価格が上昇し、今度はアーティスト自身が住めなくなるという現象が起きています。
その一方で、今回の登壇者の中にも、大学で教えている方や民泊を運営している方など、アート以外の収入源を持ちながら活動している方がいました。
アーティストの持続可能性という意味では、活動を支える経済基盤をどのようにつくるかも大きな課題となっています。
6.芸術祭は「地域の祭り」と考えれば非常に価値がある
一方で、今回の芸術祭を別の視点から見ると、非常に大きな価値があります。
音楽イベント、盆踊り、ワークショップ、街歩きなどを通じて、地域住民が集まる機会が生まれています。
これは、かつて地域社会で神社のお祭りなどが担っていた役割に近いのではないでしょうか。
特にマンション住民が増え、人間関係が希薄になりやすい都市部では、
定期的に地域の人が集まり、顔を合わせる仕掛け
は重要です。
芸術祭は、人を集める一つのきっかけです。
イベントに参加し、
誰かに会い、
話をし、
地域の店を知り、
また次のイベントに参加する。
この繰り返しによって新しい地域コミュニティが生まれるのであれば、それだけでも十分な社会的価値があります。その意味でも今回の芸術祭は、地域コミュニティを再構築する一つのきっかけかもしれません。
7.ArtTechの視点から考えられる一つの仮説
アーティストが持続的に活動できるために、ビジネス視点でできることはないか考えてみました。
今回の参加を通して、一つ可能性を感じたのが、
「地域史 × 産業 × 人権 × アート」
を組み合わせたラーニングプログラムです。
例えば今回、私は、
アートイベントで社会福祉会館に行く
↓
皮革作品展示を見る
↓
皮革産業を知る
↓
墨田の産業史を知る
↓
施設のご担当者から、産業の背景にある差別・人権の歴史を直接聞く
↓
資料を読むだけでは得にくい、当時の地域の空気や人々の感覚を想像する
↓
人権問題が決して遠い問題ではないことに気づく
↓
現在の社会に置き換えて考える
という体験をしました。
これを、単なる資料館見学で終わらせるのではなく、
アートを起点として、現代社会の課題を考えるフィールド型教育プログラム
として設計することはできないでしょうか。
例えば、
企業向け人権研修、DE&I研修
学校教育、大学のフィールドワーク
国内外の文化交流プログラム
訪日外国人向けラーニングツアー
などへの展開が考えられます。
特に企業研修では、単に講師から説明を聞くだけではなく、
地域を見る → 作品を見る → 歴史を知る → 人から直接話を聞く → 参加者同士で議論する → 自社や自分自身に置き換えて考える
という形式にすることで、通常の研修とは異なる体験を提供できる可能性があります。
さらに、アーティストが企画・運営・ガイド等に参画し、その対価を得ることで、活動を支える経済基盤の一部とする。加えて、事業収益の一部をアーティスト支援や地域文化活動へ再投資する仕組みをつくることも考えられます。
そうなれば、
文化活動 → 教育価値 → 経済価値 → 再び文化活動へ
という小さな循環をつくることができます。
もちろん、これは今回のトークイベントに参加し、現地を見ただけの段階で考えた一つの仮説にすぎません。
地域の歴史や当事者との関係、人権課題の扱いには十分な配慮が必要であり、簡単に「コンテンツ化」できるものではありません。
ただ、文化的価値を守るだけでなく、
その価値を社会の別のニーズと接続する
という発想は、今後必要になってくるのではないかと感じました。
8.最後に
今回参加してみて、正直、想像していた以上に重たい内容でした。
人権、差別、工場の減少、マンション化、地域コミュニティ、アーティストの生活、ジェントリフィケーションなど、簡単に答えが出るものではありません。
そのため、トーク後半のディスカッションで「皆さんのアイデアをお聞きしたい」と言われても、私自身、すぐには何もアイデアが出ず、今回は話を聞くだけで終えました。
ただ、今回の参加で最も大きかったのは、
「墨田区には、思っていた以上に長い文化活動の蓄積がある」
と知ったことでした。
一方で、その文化を今後どのように持続可能な形で残していくのかという課題も見えました。
芸術祭そのものを評価するだけではなく、
地域文化はどのように生まれ、どのように維持され、どのように次の世代へ引き継がれていくのか。
今後も墨田区で行われるイベントに参加しながら、継続して研究していきたいと思います。
ArtTech Consultingでは、文化施設・アートを活用した地域活性化や新規事業について、調査・企画支援を行っています。



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