現場レポート|逗子アートフェスティバルから見えてきた「文化が日常にある街」
更新日:10月5日

今回は、神奈川県逗子市で開催されている「逗子アートフェスティバル2026」を訪問しました。
逗子は都心から電車で約1時間、海と山に囲まれた街です。都心へのアクセスのよさを持ちながら、どこか時間がゆっくりと流れているような、落ち着いた雰囲気があります。
今回の目的は、地域で開催される現代アートの芸術祭を鑑賞するとともに、その運営方法や市民との関わりを調べることでした。
実際に訪問すると、メイン会場では著名なアーティストの作品が展示されていた一方で、街なかでは音楽演奏、ワークショップ、子どもたちの発表会など、さまざまな文化活動に出会いました。
結果として、芸術祭そのものだけでなく、逗子という街に根付いている文化活動の多さが強く印象に残る一日となりました。
今回は、現地で見聞きした内容を中心に、逗子の文化活動と街の魅力について紹介したいと思います。
1.逗子アートフェスティバルについて
逗子アートフェスティバル(ZAF)は、2013年にプレ開催され、2014年から本格的にスタートした芸術祭です。
毎年開催されていますが、3年に一度は規模を拡大するトリエンナーレ方式を採用しています。
2026年は5回目のトリエンナーレにあたり、「はじまりの未来、はじまりの場。」をテーマに、10月3日から25日まで開催されています。
主催は逗子アートフェスティバル実行委員会、共催は逗子市・逗子市教育委員会で、企画運営を市民組織「逗子アートネットワーク(ZAN)」が担っています。
実は、この芸術祭には興味深い歴史があります。
もともと逗子では、市民による文化祭や映画祭、メディアアートなど、さまざまな文化活動が行われており、2013年にはそれらを一つの芸術祭としてまとめる取り組みが始まりました。
その後、2018年に市の財政難によって事業継続が危ぶまれますが、市民有志がZANを立ち上げ、クラウドファンディングで約207万円を集めるなどして芸術祭を継続しました。
行政主導から市民主体の運営へと転換してきた点は、この芸術祭の大きな特徴です。
多様な経歴を持つ人々による運営
もう一つ興味深いのが、運営を担う人々の経歴です。
ZANの共同代表の一人、上籔英二氏は、外資系銀行やPwCなどで金融・インフラ投資関連の業務に携わってきた人物で、現代アートのコレクターでもあります。
今回の芸術祭では、上籔氏の個人コレクションから、Chim↑Pom from Smappa!Group、潘逸舟、キュンチョメ、高田冬彦の映像作品4点が展示されています。
一方、2026年の総合プロデューサーを務める墨屋宏明氏は、野村総合研究所での勤務経験を持ち、アートフェア東京のマーケティング統括ディレクターなども歴任した人物です。
つまり、芸術祭の専門家だけでなく、金融やコンサルティング業界での経験を持つ人、アートコレクター、地域の文化活動に携わる人など、多様な経歴を持つ人々が協力しています。
特に、地域のコレクターが所蔵する著名作家の作品を展示に活用している点は興味深いところです。
地域にある作品、人材、建物などの資源を組み合わせることで、大規模な文化施設を持たなくても、本格的な現代アートの展示を実現できることが分かります。
2.芸術祭のフィールドワーク
① 旧本多邸|歴史的建築と現代アート
最初に訪問したのは、芸術祭のメイン会場となっている旧本多邸です。

旧本多邸は1938年に建設された洋風住宅で、国の登録有形文化財です。建築家・久米権九郎による設計で、外壁のタイル装飾やバルコニー、暖炉など、昭和初期の洋風建築の特徴が残されています。内部には洋室だけでなく和室もあり、建物自体にも見応えがあります。
なお、通常は一般公開されていない建物ですが、今回は芸術祭の会場として内部を見ることができました。
今回の芸術祭では、この住宅のさまざまな部屋を展示空間として利用していました。
まず印象的だったのが、R.バックミンスター・フラーの大型石版画絵本『テトラスクロール』です。幾何学的な構造を持つ独特の展示方法が採用されていました。また、子どもが朗読する音声も同時に流されていて、独特の空間を演出していました。

また、上籔氏のコレクションによる現代アートの映像作品も展示されていました。
例えば、潘逸舟の《戻る場所》は、東日本大震災を経験した作家が、着ていた服を一枚ずつ脱いで海へ投げ入れる行為を逆再生した映像作品です。海へ流された服が再び身体へ戻ってくる映像を通じて、自然の脅威や失われたものへの記憶、「戻る場所」とは何かを問いかけています。

そのほか、Chim↑Pom、キュンチョメなど、社会的なテーマを持つ作品も紹介されていました。
実際に鑑賞した印象としては、地域を舞台にした芸術祭でありながら、国内の著名な芸術祭にも引けを取らない、本格的な現代アートの展示内容だと感じました。
この日は建物内で読書会も行われており、単なる展示会場ではなく、人々が集まって交流する場所としても活用されている様子が見られました。
歴史的建築を保存するだけでなく、現代の文化活動に活用するという点でも興味深い会場でした。
② 街なか展示|日常の風景に現れるアート
続いて、市街地に展示された作品を見て回りました。
逗子駅周辺の工事現場の仮囲いや、逗子市立図書館のガラス壁などを利用した写真展示が行われています。
なかでも注目したのは、逗子在住の世界的な写真家・森山大道氏による作品展示です。

実際に歩いていると、作品の前で足を止めて見ている人の姿もありました。
美術館に出かけなくても、普段の生活の中で偶然アート作品に出会えることは、街なか展示の魅力です。
③ cas!ca|古い建物を若者が文化拠点に
次に、東逗子の沼間地区を訪問しました。
ここで興味深かったのが、cas!ca(カシカ)という施設です。

若い人たちが空き家となっていた古い建物をDIYで改修した場所で、普段はフリースクールとして利用されているとのことでした。
施設内には子どもたちの作品などが飾られており、今回の芸術祭では高田冬彦の映像作品《Dream Catcher》も展示されていました。
さらに、この日は無料のクラリネット演奏会も開催され、地域の人たちが集まって音楽を楽しんでいました。

cas!caの面白さは、アートのためだけに新しい施設を整備しているわけではないことです。
普段は子どもたちの居場所として利用しながら、芸術祭では作品を展示し、音楽会や地域の交流イベントにも活用する。
一つの建物が、教育・文化・交流という複数の役割を担っているわけです。
公共施設の整備や運営には多額の費用が必要になることもありますが、こうした既存建物の活用は、地域文化活動を継続していくうえで参考になる方法だと思います。
④ その他の展示・文化拠点
そのほか、雰囲気のよい小規模なギャラリー「Zushi Art Gallery」にも立ち寄りました。この日は、森山大道氏の「実験室からの眺め」などの写真展が開催されており、多くの方が鑑賞に訪れていました。

また、蘆花記念公園では、歴史的な建物と自然を活用した展示やパフォーマンスが企画されていました。

残念ながら音楽パフォーマンスには間に合いませんでしたが、出演者の話では、ほかの場所で活動していたパフォーマーも見に来ていたそうです。
こうした交流からも、地域内の文化関係者が互いの活動に関心を持ち、つながっている様子がうかがえました。
また、この周辺は明治時代の文豪・徳富蘆花や国木田独歩のゆかりの地でもあります。徳富蘆花は逗子に滞在し、代表作『不如帰』などを執筆しました。逗子は昔から文人にも愛されてきた、文化的な歴史を持つ街でもあります。
3.芸術祭以外にも広がる街の文化活動
今回、最も印象に残ったのは、実は現代アートの展示だけではありません。
逗子・東逗子の街を歩いていると、さまざまな文化活動に出会いました。
東逗子駅前では、「Zushi Music Festival 2026」が開催され、和太鼓などの演奏が行われていました。

また、逗子文化プラザ市民交流センターでもワークショップなどの活動が行われ、老若男女問わず、多くの人が集まっている様子が見られました。
隣接する広場では、子どもたちによるチアダンスの発表や、キッチンカー・物販などの出店があり、多くの人でにぎわっていました。

さらに、逗子文化プラザのギャラリーでは、MUTSURAおもちゃ研究所による「しょうちゃんのおもちゃ箱 ―夢のあとさき―」が開催され、手作りのおもちゃの展示や体験が行われていました。

このように、訪問した一日だけでも、音楽、アート、子どもの創作活動、ワークショップ、地域交流など、多種多様なイベントが行われていたのです。
なお、これらはすべてが逗子アートフェスティバルの公式プログラムというわけではなく、別の団体が主催する催しも含まれます。
むしろ、一つの芸術祭とは別に、街の各所で多様な文化活動が行われていることが印象的でした。
もともと逗子には、市民による文化祭や映画祭などの活動が存在し、逗子アートフェスティバルも、そうした取り組みをつなぐところから始まっています。
実際に街を歩いてみると、その背景が少し理解できたように思います。
4.「住み続けたい街」として評価される逗子
今回、逗子の街を歩きながら感じたのは、都心へのアクセスのよさと、落ち着いた住環境が共存していることでした。
電車で東京方面へ出やすい一方、海岸や緑の多い住宅地が近くにあり、時間の流れもどこかゆっくりしているように感じます。
特に逗子海岸の開放的な風景は魅力的でした。運動をする人、ただ海を眺めている人、ヨガをする人など、それぞれの時間を過ごしているのが印象的でした。

そこで、住宅地としての逗子の評価についても調べてみました。
大東建託が2026年9月に公表した「街の幸福度&住み続けたい街ランキング2026」では、逗子市は次の評価を受けています。
住み続けたい街:首都圏第3位
街の幸福度:首都圏第4位
住み続けたい街:神奈川県第3位
街の幸福度:神奈川県第2位
首都圏の「住み続けたい街」ランキングでは、葉山町、鎌倉市に続く順位となっています。
もちろん、このランキングの高さが文化活動によるものだと結論付けることはできません。
自然環境、交通利便性、住宅環境、歴史的な街の魅力など、さまざまな要因が関係していると考えられます。
ただ、今回見かけたような文化活動や市民同士の交流も、住民が街に愛着を持ち、暮らしを楽しむための一つの要素になっているのではないでしょうか。
都心へのアクセスを確保しながら、自然と文化、地域コミュニティに触れられる生活環境には、都市部とは異なる魅力があるように感じました。
5.まとめ|文化活動が街にもたらす価値
今回のフィールドワークでは、逗子アートフェスティバルを中心に、街のさまざまな文化活動を見て回りました。
旧本多邸の現代アート展示は想像以上に充実しており、著名なアーティストの作品を地域で鑑賞できる機会として価値があると感じました。
一方、開催2日目の訪問時には、旧本多邸の鑑賞者はそれほど多くなく、パンフレットを手に市内を回遊している人もまばらな印象でした。そのため、現代アートによる芸術祭が地域全体の活性化にどの程度効果をもたらしているのか、今回の訪問だけでは判断できませんでした。
ただし、地元のアーティストや文化活動に取り組む市民が作品を発表し、ほかの人々と交流する機会になっていることは、一つの成果だと考えられます。
そして、今回さらに興味深かったのは、芸術祭以外の文化活動の充実ぶりです。
街なかでは音楽やワークショップ、子どもたちの発表会などが開催され、さまざまな世代が集まって楽しんでいました。
こうした文化活動は、特別なイベントとして人を集めるだけでなく、住民同士の交流を生み出し、日常生活を豊かにする役割も持っていると感じました。
もちろん、文化活動と街の住みやすさとの関係を、一日の訪問だけで検証することはできません。それでも、街のさまざまな場所に人々が集まり、文化を楽しめる環境があることは、地域への愛着を育む一つの要素になるのではないでしょうか。
地方の芸術祭巡りの面白さは、作品を鑑賞するだけでなく、その街を歩くことで、普段は見えない地域の魅力に出会えることにもあります。
今回も、現代アートをきっかけに、逗子という街の文化的な豊かさを知ることができた一日となりました。
ArtTech Consultingの取り組み
ArtTech Consultingでは、アートとテクノロジー、事業開発の視点から、美術館・博物館などの文化施設や地域のアート活動について調査・研究を進めています。
特に、文化施設の利用者体験の改善、DXの活用、既存施設や地域の文化資源を生かした新しいサービスの可能性に注目しています。
今後も実際の施設や芸術祭を訪問し、地域文化の活性化や持続可能な運営につながる事例を紹介していきたいと思います。



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